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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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夏草や兵どもが夢の跡 しかしイスラエルの復活は奇跡
 大型の台風10号が東北地方に上陸の見込みとのニュースを見る。被害が出ぬことを祈る。
 さて、昔学生の頃、確か大学1年生のときだったか、芭蕉の「奥の細道」を辿って東北の旅に出たことがある。
 その時のあの素朴な田舎、田園の風景は忘れられない。強烈なのは、稲作の田んぼの美しい緑の一面だった。
 そして、平泉を訪ねたときの、今のように世界遺産になる前の、夏の風景は静けさに満ちていた。
 そういえば、その前に山形の寒河江まで行って、その帰り仙山線で途中下車、立石寺に寄った。いや、逆だったかもしれない。夕方天童温泉につかろうと思ったからだ。いずれにしても名句

     閑さや岩にしみ入る蝉の声

の碑があった古寺は奥ゆかしい印象だった。なにしろ、50年以上も前だ。
 平泉では、広々として緑の田んぼを眺めつつ、

     夏草や兵どもが夢の跡

の句に感動したものだ。学生の一人旅は、伊豆の踊子の書生の気分だったが、そんなロマンが一切無かったのは残念。

 平泉の秀衡が屋敷跡の標識を見たって、藤原三代の栄華は夢想だにできない。
 歴史の中に栄枯盛衰した国々は無数にあろう。エジプトも、ローマも、カルタゴも遺跡のみだ。
 イギリスの歴史家トインビーは、ユダヤ民族を化石化した一例と引用していた。確かに、古代の栄光、イスラエル王国、ユダ王国、ヘロデ大王のユダヤ王国は、完全に消滅させられた。
 しかし、イスラエルの預言者らは、離散の民に「再びエルサレムに帰る」という希望を預言した。その希望を信じて、まず故郷のパレスチナに帰還したのは、一八世紀のハシディズムのユダヤ教徒たちだった。近代イスラエル建国の父ヘルツェルの100年前だった。
 そうだ、今イスラエルが復活して、イスラエル国が現存しているのは、世界の歴史に類のない奇跡なのだ。
 聖書の預言の正しかったことを証している。

 まあ、東北のことから連想して、思わぬことを書いてしまった。
 もっともっとユダヤ人の国を知ろうでは無いか。といわざるを得ない。
 

 
 
 
 
イスラエル人とトルコ
 イスラエル人も夏は旅行シーズン。しかし、それに関連して、今年は異変が?

 昨年までは、トルコはイスラエル人の人気のスポットだった。いろいろ国交上の不都合が起きていたが、それでもトルコや、さらにトルコ航空でトルコ経由で諸外国の行くのは変わらなかった。

 しかし、今年の特に、トルコのテロ、政変が続くことで、全く様変わり。トルコの空を通ることすらも敬遠しているそうだ。
 テロや暴動といっても、イスラエル人のドイツやフランスなどのツアー人数は変わっていないとか。ドイツには増えているとも。

 いろいろ、メディアのニュースを読み、ついでに紹介してきたが、私もそろそろこの種の内容のブログは終わりにしようかな、と考えています。
 これまで読んでいただいた方々には、どうもありがとうございました、と感謝を申し上げます。
イスラエルとギニアの国交再開
 イスラエルの外交政策として、アフリカ大陸の国々と近づきたいと、ネタニヤフ首相はじめ外務省が努力しているそうだ。
 宗教的にイスラム国の勢力が大きいので、一つ一つ国交を開いていくことは、イスラエルの国益に貢献することは理解できる。国連における支持にもつながるというもの。少なくとも、変な偏見を排除できるだろう。

 最近、西アフリカのギニア共和国とイスラエルは、国交を回復する条約にサインしたという。ギニアは、元々フランスの植民地であったが、1958年に独立を勝ち取った。イスラエルは旧フランス植民地の国々と関係をもってきたが、1967年の六日戦争でイスラム諸国には断交させられた。今度の、ギニアとの国交再開はとても意義深いものであろう。

 ギニアというと、日本人の自分にはどうも馴染みがうすい。東アフリカのウガンダ、ケニアなどはよく耳にしてきたが。
 ちなみに、今月には、ネタニヤフ首相がウガンダ、ケニア、ルアンダ、エチオピアを訪問した。特に、ウガンダはエンテベ事件で実兄が倒れた地で、その訪問は首相にとって感動だったそうである。

 さてウェッブを見ていたら、ギニアに住んでいる日本婦人のページを偶然見た。少数の日本人も暮らしておられるようだ。

DBS運動は 歴史を曲げて反イスラエルの親パレスチナ運動
 皆さんはDBS運動という言葉を聞いたことが、おありだろうか。

 経済を看板に、イスラエルボイコットのパレスチナ寄りの政治運動をカモフラージュする運動で、日本人には馴染みがないかもしれないが、欧米ではかなり知られていて、無知な人々を偏見で洗脳することを一生懸命にやっている。
 たとえば、「無印良品」のショップがイスラエルで開店するとなったとき、反対運動を起こしたことなど、その一例である。

 その運動目的は(「無印良品」出店ボイコットのWebから引用)
犯罪行為を行ない続けているイスラエル政府を支えている経済システムです。この経済は、パレスチナの人びとから暴力的に奪った土地で、パレスチナの人びとを働かせて作られ、国際的な取引や支援を通じ成長している経済です。「BDSキャンペーン」は、戦争と暴力による経済を狙うものであり、その標的はイスラエル市民ではありません。

 少しでも歴史の真実、及びイスラエルの国情(民主主義、人種差別否定など)を知るものには、これが虚偽であることは明白である。
 ちなみに、DとはDivest(投資の撤収)、BとはBoycott(ボイコット、イスラエルの製品不買)、SとはSanction(経済制裁)のこと。

 昨日、リブリン・イスラエル大統領は、EU議会において演説し、ヨーロッパの対イスラエル政策についてコメントし、正しい理解を求め、パレスチナ和平案の虚構性を衝いた。その背景には、DBSへのイスラエル側からのアッピールがあるからと思う。

 パレスチナ自治政府も、これを応援している。しかし、イスラエルからの電気・水道・ガスなどの供給はボイコットしないのである。


イギリスの国民投票 首相はユダヤ社会に残留支持を訴える
 今世界の注目は、イギリスに集まっている。言うまでもなく、イギリスがEUに残留するか離脱するかの国民投票である。明日23日にあり、即開票で、日本時間では24日の早朝に結果が分かるという。

 離脱の場合、日本への影響も少なくないと、専門家は言う。
 円高になる。つまり、国際経済的にマイナスだ。

 興味深いのは、キャメロン首相は、同国のユダヤ人に向かって、「イギリスがEUに留まっていることは、イスラエルにとって大きな利益だ」と説く。なぜなら、親イスラエルのイギリスが、EUのいろいろの政策においてイスラエルの味方をするという主張である。
 本当にそうなのかどうか、私にはよくわからない。

 今年は、世界は大揺れの年であることは言える。イギリスの後は、アメリカの大統領選挙が待っている。
 日本やイスラエルも、その津波の影響は考慮しなければなるまい。庶民はどうしようもないが。


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