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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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アウシュビッツ収容所は空襲されなかった なぜ?
 アウシュビッツ強制収容所は、連合軍の空襲に遭わなかった。
 もしその死の施設が破壊さていたなら、ホロコーストの犠牲者はもっと少なくなっていただろう。しかし

 ゴルダ・メイアが、米政府にアウシュビッツ爆撃をするよう働きかけたが、実らなかった。  

 第2次大戦中、米国はホロコーストに対してどのような態度と反応を示してきたかを研究する機関があり、そこの研究者が発見したこの事実を、エルサレム・ポストが載せている。
 小さいコラムだが、非常に興味ある内容と思った。

 これは米ルーズベルト大統領がホロコーストを救うためにどの程度努力したかを問われる、実に微妙な問題なので、米政府関係者はひた隠しにしているのでは。
 あるいは、米国ユダヤ人の無関心という責任にも帰せられる問題である。

 1943年頃には、パレスチナのユダヤ社会の指導部にも、ヨーロッパのユダヤ人大量抹殺の報は伝わった。
 ゴルダ・メイアは、米国のユダヤ組織に働きかけた。しかし、ユダヤ社会主流派の態度は消極的だった。
 その中で、ベギンの流れを汲むシオニズム修正派のベルグソン・グループは熱心にロビー活動をしたが、米政府は動かなかった。戦争遂行する上で、空軍爆撃部隊に余力はないという態度だった。

 かくしてアウシュビッツ収容所は、最後まで機能を発揮し、そこで300万人の抹殺を完遂した。
 ルーズベルトおよび米国は、無作為の罪を冒していなかっただろうか。

 パレスチナのユダヤ人指導部はどんなに悔しい思いをしたことだろうか。
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コメント
タナク。
イザヤの預言書より/わたしは、わたしの泪で、あなたを潤す。/新改訳旧新約聖書の第二版より。
[2011/09/05 00:08] URL | F.Herlock.SIR #- [ 編集 ]

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[2011/09/23 15:11] | # [ 編集 ]


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