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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
近代イスラエルの源流はどこから
 山の峰に落ちた一粒一粒の水滴は谷間に降り、やがて小さな渓流をなす。
 大きな河もその源流はごく細い流れでしかない。

 近代イスラエルの歴史はどこから始まったか。シオニズム運動が19世紀の中頃から、そして公式的にはテオド-ル・ヘルツェルのヴィジョン、ユダヤ人の国家を創ろうという思想と運動によって、というのが常識的理解であろう。
 現代のイスラエル人が「シオニズム」という概念に見る眼は複雑である。

 近代イスラエルの源流は、しかしもっと古く、モーセの信仰に遡ると思う。
 モーセは、イスラエルの民がいろいろの国に追いやられる離散の来ることを預言して、モーセはこう約束した。

 あなたの神、主はあなたの運命を回復し、あなたを憐れみ、あなたの神、主が追い散らされたすべての民の中から再び集めてくださる。たとえ天の果てに追いやられたとしても、あなたの神、主はあなたを集め、そこから連れ戻される。
(申命記30・3~4)

 シオニズム運動以前に、すでに1700年に聖地に大挙して帰還したユダヤ人らがいた。ラビ・ユダ・ハシッドは、熱烈にシオン帰還を訴えて東ヨーロッパから1500人の人々を連れて、エルサレムにたどり着いた。その道中で約3分の1の人たちが倒れたという。
 当時のエルサレムはユダヤ人口が1500人くらいだったそうで、そんなに大勢のユダヤ人を迎えて大混乱であった。問題が起こった。生活は寄付によって辛うじて暮らせたエルサレムのユダヤ社会。その上、トルコ政府は厳しく応じた。中には他の町に散っていった者もいた。
 エルサレムに残ったユダヤ教徒は、シナゴーグを建てた。それが旧市街に現在立派に復元しているフルバン・シナゴーグだ。
 その指導者のラビ・ユダ・ハシッドについて詳しいことは、私には分からない。
 ただ、源流の一滴であったと感じるばかりで、きっと情熱に燃えた人物であっただろう。ご存じの方に教えていただきたい。

 これから、この「イスラエルの捕囚の帰還」(ヘブライ語でキブツ・ガルヨット)を調べてみたい。

 
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