カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

ご感想をひと言どうぞ!

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

エジプトとサウジ チラン海峡の国境変更と橋を架けるという協定
 チラン海峡は、イスラエルのエイラット港から紅海に出て行く航路になっている。
 両側には、西にエジプト、東にサウジアラビアが接している。出口には二つの島がある。チラン島とシナフィル島。この島は非常に重要である。チラン海峡を安全に航行できるよう、国連の多国籍監視団が常駐している。現在はエジプト領である。

 さて、こんなブログを書くのは、ここを取り巻く歴史と、新たな動きが起きたからである。
 1950年からサウジは、この島の領有をエジプトに譲った。しかし、国際法により、エイラットに向かう船のチラン海峡の通過の自由は保証されている。ところが、1967年ナセル大統領は、イスラエル船舶の航行禁止を宣言した。
 これが、六日戦争の勃発の誘因となったわけである。奇跡的勝利で、イスラエルはシナイ半島を占領し、チラン海峡の航行を確保した。チラン島を占領した。エジプト・イスラエルの和平条約で、再びチラン島はエジプトに返還された。

 昨日のエジプト紙では、エジプトとサウジは長い間交渉の末、サウジがチラン島を領有するという国境線の変更を決定し、協定を結んだという。これは驚きである。
 さらに、チラン島と対岸のシャルム・エルシェイク(シナイ半島の町)との間に橋を架けるという協定も成立したと。
 これは、エジプトとサウジの関係をより緊密にし、両国が陸続きになる。経済・国防上に有益となる。シーア派の大国の協力関係を大きく象徴するものである。

 イスラエルの反応はまだはっきりしない。ただし、イスラエルとの良好な関係を前提としているは間違いないと、小生は考える。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://kawaikazu.blog73.fc2.com/tb.php/2789-9a28895a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。