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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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モサド諜報員エリ・コーヘンの刑死から50年 イスラエルは国を挙げて感謝
 エリ・コーヘンというモサドの情報部員がいた。
 彼がシリアで公開処刑されたのが、1965年5月18日で、あれから50年も経つ。
 (念のために言うと、元駐日イスラエル大使を務めた、エリ・コーヘン氏ではない)

 当時もシリアはイスラエルの強硬な敵であった。彼はモサド史上最も優秀なスパイと評価され、シリアの上層部に入り込み、シリアの意図を把握し、シリアの政策に影響を与え、その2年後の六日戦争でイスラエル軍がゴラン高原を占領するのに彼の情報活動は極めて重要な役を果たした。
 たとえば、ゴランにあるシリア軍陣地に、暑さよけにとして樹を植えさせて、陣地の位置を分かるようにさせた。六日戦争では、シリア軍陣地は容易に探索されて、空爆された。

 モサド本部のまずい指令のせいで、彼は発覚し、メンツをつぶされたシリア大統領は、イスラエルのローマ教皇を借りての死刑を阻止するキャンペーンにもかかわらず、エリ・コーヘンを処刑した。その墓は未だに不明である。

 イスラエルの大統領官邸において、50年の記念会がもたれ、未亡人が招待されて、大統領や首相は彼のイスラエル国への貢献を称えた。そして、彼のことを学校教育の場でも教えていく、彼の遺骨をイスラエルに取り戻すことが約束されたという。

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