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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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難解なマルコ伝9:49 ヘブライ語に戻して理解すれば
 昨日、マルコ福音書の9章38~50節を読む機会があった。
 この部分は当時のヘブライ語やユダヤ的背景に照らして読まないと、なかなか難しいと思った。

 まず、ヨハネがイエスを「先生」と呼んだ。これは「ラビ」のギリシア語訳からであろう。
(ラビが、公式なタイトルになるのは、もっと後の時代であるが)
 当時、尊敬された、聖書の教師が多くおり、師はその弟子たちを持って、共同生活をしていた。
 そのようなラビの弟子になることを「従う」というのである。
 イエスの場合も、弟子となって、一緒にグループを形成した者たちと、そうでない広い共鳴者がいたであろう。なにしろ、5千人の人々がイエスの講話を聞きに集ったくらいだから。そのような背景で、後を読むと、イエスの真意が分かる。

 さらに、途中を飛んで、49節に「人は皆、火で塩味を付けられる」(新共同訳)「人はすべて火で塩づけられねばならない」(口語訳)「すべては、火によって、塩づけられるのです」(新改訳)
 とある。聖書注解上、最も難解な聖句と言われている。

 これは、ギリシア語の中だけで考えても難しい。元来、ヘブライ語からギリシア語に翻訳されたと仮定し、マルコ福音書の編者がギリシア語の「塩」という単語を結びつけて、49節と50節のテキストを一緒にしたところに過誤があった、という説がある。
 ヘブライ語では「コル・イッシュ・ベエッシュ・ユムラフ」 
4番目の動詞の語根(m-l-h)は、「清める(従って、名詞は「塩」)」の他に「破壊する」の意味もある。
 たとえば、士師記9:45やイザヤ書51:6に使われている。
 49節の正しい訳は、「(地獄において)すべては火に破壊される、滅ぼされる
 49節は、その前の48節「地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもない」に続く語句とみなすと、意味が通じるのだ。
 50節は、ヘブライ語を理解しないマルコ伝編者が、別の箇所から「塩」というギリシア語に引きずられて、持ってきたのではないか。

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