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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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エンテベ救出作戦から38年 ネタニヤフ首相は兄ヨニの墓前に
 今の若い世代は知らないと思うので書いておきたい。
 国際テロが盛んだった1970年代のこと、航空機のハイジャックが頻発した。
 今から38年前、1976年6月27日、エアフランス機がテルアビブ空港を立ってパリに向かう途中にハイジャックされた。(犯人らは途中のアテネ空港で乗り込んだ。PLOとドイツ人の犯行)
 そして、結局、ウガンダのエンテベ空港に着陸して、乗客はテロリストに拘束されたまま、交渉で解放されたのはユダヤ人以外の国籍の人だけだった。このユダヤ人を狙った、ユダヤ人の隔離は、ナチスの犯罪の悪夢を呼び覚ました。

 イスラエル政府は、最後の手段として、人質奪回作戦に出た。
 7月3日の深夜、エンテベ空港に救出部隊が飛んだ。見事に、ほぼ全員102名を救い出した。その時、ただ1人戦死者が出た。それは隊長のヨニ・ネタニヤフ大佐、イスラエル軍の有望な将校であったのに。

 7月4日、実弟のネタニヤフ首相は、ヘルツェルの丘にある軍人墓地に兄ヨニの墓前に詣でた。
 ネタニヤフ首相は、身をもってテロの脅威を知っている政治家で、「その日以来、私の人生は変わった。両親の長男を失った悲しみは今も忘れられない」と言う。
 
 

 
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