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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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今週の聖句 レビ記26章「ベフコタイ」 条件付き祝福
 最近、聖書についての記事を怠けてきた。そろそろ、もう一度原点に返って学び直しをしたい。
 ユダヤ教では、毎週聖書の読む箇所が決まっている。世界中でどこのシナゴーグでも、家庭でも、安息日に朗読するのは同じである。
 これをパラシャット・ハシャブア(今週の聖句)という。
 それは、旧約聖書の最初の5巻(モーセ五書)を1年かけて読み通すのだ。

 というわけで今週は、レビ記26・3~27・34。この箇所に呼び名が付いている。「ベフコタイ」という。

 内容は、モーセが神からシナイ山で聞いたことを民に伝えている箇所。

 日本語新共同訳では、訳が不十分である。冒頭を直訳すれば
 「もしあなたがたがわたしの定めに歩むならば・・・
 この「もし」が抜けている。なくても意味は通じるが、しかしここの「もし」は意味重大である。
 そのあとに、神の祝福が数々書かれている。
 つまり、イスラエルは神の命令を聞くも聞かぬも自由に任せられている。だから「もし」が欠かせない。

 「もし」守らないならば、次々禍が来るよ、と呪いが書かれてある。こちらのほうが詳しい。

 イスラエルへの祝福は何であったか?
 (時間が来たのでそれはあす、続きを書きます。)
 
 
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