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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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聖句のいろいろの解釈の一例 今週の聖句から
 聖書の中の言葉はいろいろの解釈が出来る余地がある。
 これが、ユダヤ教の基本的立場で、トーラー(モーセ5書、あるいはユダヤ教の教え全体)には70の顔がある、という。
 一方、キリスト教のほうは、どうも多様な解釈を許さず、神学として固定した解釈を押しつけるようだ。

 聖書の今週の聖句は、ヴァイガッシュ(創世記44・18~47・27)で、ヨセフ物語の重要な場面にさしかかる。
 ヨセフが、兄弟たちに正体を打ち明け、兄弟たちは父ヤコブを迎えに郷里に帰る。
 その時、ヨセフは「途中で、争わないでください」と忠告した(創世記45・24)。

 この一句の解釈を巡って、ユダヤ教のラビたちはいろいろと議論した。
 その一つは、兄弟たちが途中でお互いに責め合いをしないように、ヨセフは忠告した。
 二つ目は、途中で出合う他の人々と喧嘩するな、と忠告したとする。エジプトの権力者ヨセフの親戚として高慢になることをヨセフは恐れて、忠告したという。
 三つ目は、「道」というのは、道=ハラハー、つまりユダヤ教の法規に当たる言葉。律法の議論をして、自分たちを正当化しないようにとの忠告である。

 以上は、ラビ・ペリー先生の『トーラーの知恵』より教わった。そして、ペリー先生は、律法の文字にとらわれず、律法自身が目的でなく、むしろ律法は「汝は聖であれ」という高き目的に至る手段にすぎない、というのがラビたちの解釈だとする。
 ユダヤ教は律法主義というのは、キリスト教の狭い偏見であるようだ。
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