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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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アブラハムの僕エリエゼル 究極のモデル
 今日のシャバットの聖書朗読は、前に書いたように、ハイェー・サラ。創世記の23章と24章だ。
 特に24章は、創世記の中でも最も長い章で、イサクの嫁探しの物語である。
 アブラハムは、その僕に命じて、ふさわしい嫁を連れてくるようにと送り出した。
 その僕の名は、エリエゼルと、口伝伝承では言われる。
 しかし、24章にはその名は一度も出てこない。
 代わりに僕(エベッド)という言葉が使われている。10度も出てくる。
 重大なイスラエル民族の祖先となるイサク。その伴侶の選びは民族の将来を決定する重要な要素である。
 僕は、全身全霊をかけて、その使命に邁進する。
 
 主人アブラハムに仕える僕、エリエゼルがいたからこそ、イスラエル民族は存在することができたとも言える。

 この物語は、いろいろの視点から読める。

 聖書は、僕(エベッド)という語を重要視する。
 その始まりは、エリエゼルから、そして主の僕、メシアにまで至る。

 自分も、懸命にお仕えする僕でありたい。
 今ある場で。
 さて、主人は誰か? それは一人一人で違うが、究極には同じだと思う。
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