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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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聖書は老人の白髪を尊ぶ 今週の聖句
 今週の聖書の朗読箇所は、創世記23・1~25・18で「ハイェー・サラ」という箇所。
 アブラハムの妻はサラ。彼女が亡くなると、アブラハムはその逝去の地ヘブロンに墓を買って葬った。
 サラの生涯(ハイェー・サラ)は127年であったという、創世記23章の冒頭の句から取ったタイトル。
 その後、聖書はイサクの嫁探しの有名な箇所が続く。

 私が関心を抱くのは、アブラハムの老年になった時代である。それは自分も年を取ってきたという意識があるゆえだろうか。
 アブラハムの願いは、愛する伴侶のサラを厚く葬ること、そして後継者である息子イサクの嫁を見出すことに集中した。若い時代の試練の時代が終わって、どんな姿のアブラハムだったか。

 ミドラッシュ・ラバーというユダヤの伝説集に、書かれているアブラハムの話がある。
 「アブラハムになるまで、人類に老年という姿がなかった。人がアブラハムに話そうとするとイサクであった。イサクに話そうとするとアブラハムであった。二人がよく似ていたのである。アブラハムが老年の姿でなかった。そこでアブラハムは神にお願いした。『どうか、若者が年寄りを敬うように、父と子の違いが分かるように、老年にしるしを下さい』と。ある朝、アブラハムが眼を覚ますと、頭の髪も髭も真っ白になっていた。『神様、老年のしるしに白髪を下さいましたが、私には魅力的に見えません』とアブラハムは言った。しかし、神は『白髪は栄光の冠だ』(箴言16・31)と答えた。」
 神が白髪をつくり、老年の姿というものがアブラハムから始まったというユダヤ伝承である。
 
 聖書的人生観は、老年の姿は若さとは違った、輝きと尊さがあるというのである。

 肉体的な衰えに鏡を見てため息をつくなかれ。聖書は、老人を賛美している。

 「若い人の栄えはその力、老人の美しさはその白髪」(箴言20・29)
 残念ながら(?)小生はまだ、ごま塩の髪である。
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