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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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昭和の日 ご聖徳を讃え感謝して
 「昭和の日」に当たり、昭和天皇様の御生涯の節目にお詠みになった御製、お語りになった御言葉を拾ってみた。
 皇太子時代、倫理の先生、杉浦重剛より質問は「君徳とは?」
 お答えは、「日月私照なし」(わたくし心つまり依怙贔屓なしに、日や月は照らす)

 私(河合)は、ある義人から教わった、「天皇に私なし」と。その原点をここに見る。日本の誰一人、己なく生きているという者はいない。総理大臣といえども、しかり。

 平和を愛されたことは言うまでもない。欧州へのご旅行の折、第一次大戦の戦跡のベルダンを見学、その悲惨さに「戦争は決してやってはいけないものだ」とお付きの者に語れたという。

 昭和8年の歌会始の御製。
   おめつちの神にぞいのる 朝なぎの 海のごとくに 波立たぬ世を

 昭和16年、ついに大東亜戦争に至り、その開戦のご詔勅に
 「今ヤ不幸ニシテ米英両國ト釁端(きんたん)ヲ開クニ至ル 洵(まこと)ニ已ムヲ得サルモノアリ」とあり、その次に「豈朕カ志ナラムヤ(わたしの望むところでない)」
と、仰せられた。(「あに朕(ちん)が志ならむや」と読む)

 昭和20年、終戦へのご聖断と玉音放送によって、日本は矛を収めた。その折の御製:
  爆撃に たふれゆく民の上をおもひ いくさとめけり 身はいかにならむとも
  
 昭和20年9月27日、マッカーサーを訪問。後の彼の会見の記録より。

 天皇の口から出たのは、次のような言葉だった。
私は、国民が戦争をなしとげるにあたって、政治、軍事両面でおこなったすべての決定と行動に対する、全責任をおう者として、私自身をあなたの代表する諸国のさばきにゆだねるためにおたずねした
 私は大きい感動にゆさぶられた。死をともなうほどの責任、それも私の知りつくしている諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする。この勇気にみちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じとったのである。
 (文藝春秋平成元年3月臨時増刊号「天皇・マッカサー会見の真実」F・パワーズ)

 全国をご巡幸されて、国民を励まされた。北海道の網走で (そのご感性の豊か!)
  浜の辺に ひとりおくれて くれないに 咲くがうつくし はまなすの花

 昭和62年、沖縄ご巡幸がご病気のために中止となり、その悔しい思いを詠われた。
  思わざる 病となりぬ 沖縄を たづねて果たさむ つとめありしを

昭和生まれの一国民として、心からご聖徳を讃えまつり感謝し、以上、拙き文を献げまつります。
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