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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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鎮魂 東京大空襲を忘れるなかれ
 3月10日は東京大空襲の記念日とされる。
 10日といっても、9日の深夜から米軍のB29の爆撃隊が、東京の市街地に焼夷弾を落としまくった。
 その実態は、史上最大の虐殺と言っても過言でない。
 日本人は、これを決して忘れてはいけない。

 あれこれ解説するより、以下の記事を読んだ方がよくわかる。ネットから、引用させていただく。

 「噫横川国民学校」(井上有一、書道家)という書の作品に次の説明があった。
 東京では関東大震災の教訓を生かして、公立学校の校舎を鉄筋コンクリート製に建て替えていました。これは生徒を守るだけでなく大規模火災の避難場としての役割も担っていました。横川国民学校もそのような校舎を備えていました。
 3月9日から10日に変わった0時から数分過ぎた時、米軍の空襲が開始されました。低空で飛行するB29から雨あられのように焼夷弾が投下されました。木造の住宅に空から石油をまかれ火をつけられたようなものです。おりからの強風に煽られ、30分も経たない内に下町中が火の海なりました。人々は逃げ場を失い多くの人が犠牲になりました。
 そんな中、横川国民学校に避難してきた人、千数百名。想像を絶する火勢により学校の敷地や校舎にも火が移ってしまいました。さらに追い討ちをかけるように焼夷弾を浴びせられ、避難してきた人の殆どが犠牲になりました。
 犠牲者の屍は炭化し、熱でおなかが炸裂、胎児が露出した妊婦もいた。と井上氏の書は語っています。井上氏も気を失い命を落とすところだったが奇跡的に生き残った。そして「親子断末魔の声 終生忘るなし」と筆を置いています。
 


 井上氏は、本所区横川国民学校(現在・墨田区立横川小学校)の教員でした。奇跡的に命を助かったそうです。
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[2012/03/10 11:34] | # [ 編集 ]


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