カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

ご感想をひと言どうぞ!

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

プリムのお話 ユダヤ人の敵が倒れる日
 今日は、ユダヤ暦ではアダルの月15日、昨日の14日に「プリム」の祝いをした
 ところで、15日はさらに「シュシャン・プリム」と呼ばれて、エルサレムで再度お祝いされる。

 これは、その由来についてイスラエル人でも知らない人がいるくらい、珍しいので、ちょっと記しておきたい。

 シュシャンというのは、当時のペルシアの都スサのヘブライ語で呼んだ名前。
 ユダヤ人の敵が13日に倒れて、14日には地方の町では安らぎを得た。それで14日は祝いの日となる。
 しかし、スサの都ではまだ残敵整理で戦いがあり、15日に平和になった。
 スサは、城壁のある町、したがって城壁のある町では15日にプリムの祝いをするという掟となる。これはエステル記9章参照されたし。

 ところが、プリムの事件が起こった当時のイスラエルの地は、すべて荒廃していて、他に城壁のある町などはなかった。それで、少し条件を変えて、あのモーセの弟子ヨシュアがカナン入りしたときに城壁があった町なら、シュシャン・プリムを祝って良いとした。
 イスラエルで、城壁のある町と言えば、エルサレム
 というわけで、これがその由来。

 プリムという日は、ユダヤ人の敵が倒れるという因縁があるらしい。
 あの1991年、湾岸戦争が終結した日がプリムで、サダム・フセインが敗北した。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://kawaikazu.blog73.fc2.com/tb.php/1188-149be3c8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。