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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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226と三宅坂から連想したこと
 今日は2月26日、いわゆる226事件といわれる青年将校にクーデータを引き起こした日である。
 昭和11年、1936年。76年前だ。
 イスラエルのシロニー教授は、226事件の研究で日本学を専攻した。
 なんとなく蓋をしたくなる日本人の心情で、詳しいことは殆ど今の世代に伝わっていない。
 私も本当のことを知っていない。
 産経新聞のコラム欄に載っていた。三宅坂上に陸軍省など、要衝の地を占領したという。
 その「三宅坂」にちなんで、その付近には元社会党の本部があったとのべる。

 三宅というのは、実は、江戸時代、そこに三河の国(愛知県)田原藩の殿様三宅家の上屋敷があったところから、そう呼ばれた。
 私の先祖は田原藩に住んでいたというので、懐かしく思うのであるが、江戸の蘭学者の渡辺崋山は、三宅家の家老であった。彼は優れた画家でもあった。立派な武士でもあり、最後に切腹した。
 どうでもいいことだが、ついお国自慢を三宅坂からしたくなったわけ。
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