カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

ご感想をひと言どうぞ!

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

チュニジア新大統領 ユダヤ人に戻ってと呼びかける
 中東のいわゆる民主化運動、政変のきっかけを作ったのは、チュニジアであった。
 ジャスミン革命と呼ばれる民衆の蜂起は、今年の1月、長年の暴君ベンアリー大統領を追放し、そして年の暮れ12月には新大統領が選ばれた。
 穏健なイスラム国家をめざすチュニジア。
 この北アフリカの、大昔、カルタゴなど国が栄えたところだが、ユダヤ民族の離散の地としても、多くのユダヤ人が住んでいた。
 しかし、イスラエルの独立、また六日戦争でのユダヤ人の勝利で、イスラム教徒から迫害されて、国外に逃れた。中には、イスラエルに移民する家族も少なくなかった。

 イスラエルの駐日大使を務めたエリ・コーヘン氏は、チュニジア出身。赤ん坊の頃、独立直後の聖地に家族が帰還した。
 また、元外相で今、副首相のシルヴァン・シャローム氏も、チュニジア生まれ。
 
 ところで、政変後のチュニジアがイスラム主義の国になったが、ユダヤ人迫害が再現することを懸念したシャローム氏は、チュニジアのユダヤ人に脱出を呼びかけた。

 これに対して、マズキール新大統領は、ユダヤ人はどうか戻って欲しい、正式なフルの市民として迎えるから、と逆の呼びかけをしているそうだ。

 現在は、チュニジアには1500人ほどのユダヤ人が残っているが、六日戦争前には10万人にもいたという。

 これは、2011年の中東動乱を飾る、良いニュースだと思った。
スポンサーサイト

コメント
チュニジア在住の方々
チュニジア産のパスタを美味しく食べながら、どんなお国かしらと思っておりました。
[2011/12/22 19:50] URL | 鎌倉いとう伊藤三津子 #- [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://kawaikazu.blog73.fc2.com/tb.php/1077-dcd5a5dc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。