カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

ご感想をひと言どうぞ!

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

聖書に見る 兄弟観 
 久しぶりに、旧約聖書に戻りたい。

 今週の聖句として明日の安息日に読まれるのは、創世記25・19~28・9「トルドット」
 アブラハムの息子イサクの系図(トルドット)という言葉で始まる。
 ここでは、イサクの双子のエサウとヤコブの物語がある。

 この兄弟は、最初から性格や行動が正反対。
 聖書には、兄弟仲良く、助け合い、兄は弟を可愛がり、弟は兄を敬慕する・・というような話が殆ど無い。実に、兄弟は赤の他人の始まり、みたいな現実主義的だ。
 ヤコブは、いろいろ苦労して、成長していく。兄エサウの顔を逃れて、落ちぶれて、荒野で天使の夢を見るという有名な物語も、この箇所にある。
 そういえば、古事記にも、大国主命の物語は、兄たちにいじめられて、試練を通じて大成する点では同じかな。

 聖書は、一人一人が個人として神の前に立つという思想で、肉親的な絆で情的に、兄弟は愛しあいなさいという倫理はないね。むしろ、隣人を愛せよ、という掟はあるのが、面白い。
 しかし、現実、イスラエルの人々の家族愛は、日本人には足元にも及ばないと感じるときがある。

 ユダヤ人の不思議さである。

 ちなみに、イサクの兄弟、イシマエルは、アラブ人の族長とみなされ、エサウはキリスト教徒の隠語として、キリスト教に迫害される時代には使われている。確かに納得!

 
 

 
 
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://kawaikazu.blog73.fc2.com/tb.php/1026-d90a48d6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。