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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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「ラビ・イエス」という視点の本
 アメリカのキリスト教書出版社ゾンダーヴァン(Zondervan)は、英語版の最も人気のある聖書NIV(新国際版)を出している有力出版社だ。
 そこで出版されたSITTING AT THE FEET OF RABBI JESUS(ラビ・イエスの足下に座して)という本をアマゾンで購入した。
 タイトルの「ラビ・イエス」に引かれて、読んでみようかと思ったのだが、やはりそうだった。何がそうかというと、20年以上も前から私が関心を持っていた「共観福音書研究エルサレム学派」の関係者の作品であった。
 話の内容は、私のよく知っているものだった。イエスをユダヤ的背景において見るという視点である。学術書風でなく、読み物風である。翻訳したら面白かろうと思った。

 感心したのは、もう「ラビ・イエス」というような、一昔のキリスト教徒なら反発するような表現で、大キリスト教書出版が一般向きに刊行している事実である。
 キリスト教のユダヤ的ルーツという視点は、カトリックのユダヤ教との和解以来、次第に広まって、プロテスタントでも注目されつつある。これは英語でネットをサーフィンすれば、容易に見つかるテーマである。

 日本は、その視点から真面目に取り上げた出版物は稀有である。(弊社では数点あり)
 日本のキリスト教徒が教えられず全く知らないためか、興味を示さないためか、それはわからない。
 言えることは、日本語の世界だけで、世界の流れに取り残されているということだ。いろいろの分野で言えそうだが、キリスト教あるいは聖書理解という点でもそのようである。
 
 ある人曰く、日本には19世紀のキリスト教が残っていると。
 
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コメント

私はキリスト教徒ですが、ご指摘の通りラビについては日本のキリスト教徒は教えられず全く知らないし人が多いようですし、また興味を示さない人が多いようです。キリスト教で使っている聖書で「ラビ」と呼びかけられているものを見たことはありません。「先生」と訳されています。私は個人的に近代のイスラエル史に興味があったのでいろいろ書物を読んでいるうちにユダヤ教の指導的な立場にある方がラビと呼ばれるということを知りました。
以前は「イエズス・キリストはユダヤ人とも言えますよね」等と言おうものなら顰蹙をかっていましたが、先代の教皇の時代から和解が進みある程度は私の言動も許容されるようなはなってきました。
[2011/11/21 00:28] URL | コクスイ #- [ 編集 ]


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