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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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陸奥の花巻を訪ねて
 3日間、花巻に行き東京を留守にして、事務所に帰り着いたところ。
 陸奥(みちのく)の空は澄み、冷え冷えとした空気は心地よく、紅葉の残る中尊寺をも訪れる機会を得た。

 花巻と言えば、宮崎賢治を想う。
 花巻市文化会館に勤める渡辺哲也氏の紹介には、地元の人らしく敬愛の念がこもり、とても感動した。
 ある婦人が、「雨ニモ負ケズ」の詩を、この地の方言で朗読してくれた。
 標準語で語るよりも、そのほうが詩が生きて、詩人の魂がストレートに伝わってきた。
 もうジーンと、うちから涙がこみ上げてきそうだ。
 
 三陸大津波が、宮崎賢治が誕生の年と逝去の年に、それぞれ明治29年、昭和8年と襲ったそうだ。偶然とも思えない。そんな運命を担って、東北の農民のために、生きたのだと知る。

 今度参加した集会は、東北の復興のために祈ることを目的とした会だったが、東北の人々の苦難を偲び耐え、再建してきた歴史を通して、逆に励まされた思いである。今の日本への大きな教訓だ。

 花巻出身のキリスト者のことも知らされた。
 佐藤昌介、札幌農学校の第1回生、新渡戸稲造は引き立て、二人とも最初の農学博士、北海道大学初代総長。
 斎藤宗次郎、内村鑑三の忠実な弟子で、宮崎賢治の友人でも、雨ニモ負ケズのモデルにも擬せられる人。
 明治の世に、優れて精神的な人物を生み出した地として、花巻を尊く思った。

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コメント
昔からの難所
三陸沿岸は昔から津波の難有でも、原発は世界の難となりました。

東北人の心の温かさは「気候の寒さが結びつきを深めた」と先祖から聞いておりますが、世界中が愛で結ばれますように!
[2011/11/19 15:04] URL | 鎌倉いとう #- [ 編集 ]


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