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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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イエスへの誤解 近刊の「ガリラヤのイェシュー」に見る
 「イエスはラビだった?」 これは従来のキリスト教的常識を持つ人には、信じがたいかも知れない。
 昨日のブログに「イエスに対する見方が、無教育の大工の子だったでは、大間違い?」と私が書いたのに対して、読者から以下のような拍手コメントをいただいた。

イエスが「無教育」の大工の子ではないというのは河合様の推察の通りと思います。伝承では幼少の頃両親が探したら神殿に残って大人達とディベートしていたと有りますので、文字通り神の子「神童」だったのでしょう。親が満足な教育をイエスにしなかったとしたら、古代ユダヤ社会でむしろその方が不自然です。

 東北の気仙沼の医師であられる山浦玄嗣氏は、、ケセン語(方言をそう称される)で福音書を翻訳されたことで有名である。すました標準語でなく、地方の人にも親しみやすく聖書を伝えたいという熱意の表れであろう。
 (3・11大震災で医院は流され、その跡地にプレハブを建てて医業を再開しているとか)
 この度も、新しい本『ガリラヤのイェシュー--日本語訳新約聖書四福音書』を刊行された。その意図は画期的で、興味深い。立派なお仕事だ。
 ただし、イエス観が、当時のユダヤ社会文化の背景と少し違うのではないかと思った。

 イエスとは何者か? 「僻村(へきそん)のしがない百姓大工だ。この男の世に出ての活動はわずか二、三年、その生涯はどう見ても大失敗で、最後は政治犯としての濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せられて十字架上に刑死する。だが、不思議なことにこの男の短い人生が世界の歴史を変えた」と山浦氏は言う。

 「僻村のしがない百姓大工」とは、山浦氏ただ一人の見方ではないだろう。

 しかし当時のガリラヤは、僻地でも田舎でもなく、エルサレムよりもよほど当時の国際文明に浴していたのである。ローマ帝国の繁栄の下に、外国人の交流と貿易も盛んであった。学問的にも、ガリラヤ出身のラビは優れていた。

 当時のユダヤ社会とイエスとに対する無知と偏見・誤解をこれからも指摘し、解いていきたいと願っている。
 
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