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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
モーセの姉ミリアムから想う
 きのうのブログの続きになるが、モーセのお姉さんについて想っていた。
 ミリアムという名は、やがて新約聖書の中で、マリアと呼ばれるようにある。 
 イスラエルでは最もポピュラーな女性の名になった。だから、イエスの母マリアのほかにも、マリアさんは沢山いた。
 中学校の英語の教科書で最初に覚えたのが、ジャックとメアリー。このメアリーも、実はあのミリアムであったとは、聖書を読んで知ったわけである。

 ミリアムは、ツィンの荒野で死んで、その地に葬られた。聖書では、たった1行にも足らない記述だ。
 しかしモーセは、赤ん坊の時に、葦の箱舟に乗せて川に流されたとき、一生懸命に見守ってくれたのが姉であったことを思い、また水が分かれた紅海を一緒に渡ったとき、大喜びして神を賛美したときを思い起こしたかも知れない。
 出エジプト記15・20に、「女預言者ミリアム」とあり、有名な海の歌を歌っている。

  主に向かって歌え      シルー ナー ヤーウェー
  主は大いなる威光を現し   キー ガオー ガアー
  馬と乗り手を海に投げ込まれた スース ヴェロフボー ラマー バヤム


 時には、ミリアムとアロンは、弟のモーセをクシの女を娶ったことで非難したりしたが、神はモーセを弁護したりしたこともあった。

 いずれにしても、モーセにとっては彼らは心を許した相談相手であっただろう。ミリアムを喪ったモーセは、
どうであったか。聖書は沈黙。
 
 死の問題は大きい。特に、肉親の喪失は、人には想像もできない悲しみであろう。
 モーセですら、打ち負かされそうだった。(ただし、これは私の仮説)
 しかし、聖書はその救いの歴史を展開していく。
 新しい世代を神は、イスラエルに用意されつつあった。

 とは言え、「神は父祖の徳を憶えたもう ゾヘル ハスデイ アボット」というアミダーの祈りの1節がある。
 神は、絶対にモーセ、ミリアム、アロンを忘れさせず、聖書に遺している。
 「神は憶えたもう」という言葉ほど、力強く、慰めとなるものはあろうか。ゼカリヤという名もそれである。
 
 
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