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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
アリエル・シャロンの覚悟
 覚えておられるだろうか、10年前の、9月28日。 
 パレスチナのインティファダ(蜂起、暴動)のきっかけとなった、アリエル・シャロンがエルサレムの神殿域を訪ねた日。それを理由に、パレスチナ人は暴動を起こした。
 今では、その7月のバラク首相とのキャンプ・デービッド和平交渉を拒絶して退場したアラファトは、武装テロで蜂起することを決めていたことは、明らかになっていて、中東常識になっている。
 アラファトの部下で、今獄中にいるマルワン・バルゴゥティが、その事実背景を語っているので、アラブ側も否定していない。もう数カ月前から暴動の準備をしていた。

 一方、シャロンにも、パレスチナが暴動を仕掛ける準備をしている情報は入っていた。アラファトの意図は、お見通しであった。しかし、なぜそれなのに、危険を承知で、アラブ側を刺激する神殿域に行ったのか。

 シャロンのスポークスマンとアドバイザーを務めていたラーナン・ギッシン氏が、エルサレム・ポスト紙のインタビューに答えている。
 「私が情勢を語ったが、シャロンはエルサレムに関しては妥協しない、イスラエルはその権利のために立ち上がることを証明したいのだ」

 後に、彼にあの訪問を後悔していたかと尋ねると、答えは「ノー、パレスチナ人にエルサレムは売り物じゃないことを告げる、良い時だった」

 シャロンの覚悟は、イスラエル人のエルサレムに対する絶対的な愛着心(attachment)を表すものとして、良い悪いを超えて、唸らされる。へんな政治的妥協をしりぞけた点に、ユダヤ魂を垣間見させられた。

 ちょっと、日本人にはまねの出来ないすごさではないだろうか。


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