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プロフィール

河合一充

Author:河合一充
(かわいかずみつ)
 イスラエルと日本の架け橋を願って、85年株式会社ミルトスを創設。イスラエル・ユダヤ・聖書関連の出版編集をもって、日本の社会にささやかな貢献を願った。現在現役をリタイアを考える。ヘブライズムの基なる思想を紹介したいと思っている。

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河合一充 くだん日記
思いつくままに、イスラエル・ユダヤ・聖書・日本など書き連ねる。よってくだんのごとし。
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古道を求めて
 2016年を送る大晦日である。来る年を迎える所感を。

 良寛禅師の歌にこういうのがある。

  ますらをの ふみけむよよの ふるみちは あれにけらしも ゆくひとなしに

 「ふるみち」は古道の意。「あれにけらしも」は荒廃してしまった、道もあるかどうか分からない様。
 「ゆくひとなしに」は、行く人もいないの意である。真の仏教の道を継ぐ者がいない嘆きであろうか。それを独り歩まんとの雄渾なる決意か。

 芭蕉の「この道や ゆくひとなしに 秋の暮れ」を連想する。
 良寛はこの先人の句を知っていたのであろうか。

 「道」としか表現できないが、分かる人には分かる。それで十分だ。
 日本文芸史上、もっとも光っておられるのは新古今集を編まれた後鳥羽上皇。

  奥山のおどろがしたも ふみわけて 道ある世ぞと 人に知らせむ

 イエス・キリストは「われは道なり」と言われた。

 預言者エレミヤは記している。
  エホバかく言い給う、
  「汝ら道に立ちて見よ、古き途(みち)については尋ねよ、『いずこに善き道ありや』と。
  かつその道を歩め、さらば汝らの霊魂に休息を得ん」(6・16)
(口語訳:あなたがたは分かれ道に立って、よく見、いにしえの道につき、良い道がどれかを尋ねて、その道に歩み、そしてあなたがたの魂のために、安息を得よ)

 これからの人生の歩みを想うとき、どこどこまでもキリストやその御弟子たち、代々の聖たちがつくってくれた古道を踏み分け入りたいと思う者である。


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ヘブライ語の勉強の大事さ
 私が最初にヘブライ語に触れたのは、1963年頃だったか。日本からイスラエルのキブツに学びに行った初期の留学生の1人、ピアニストの長井氏(武蔵野音大元教授)がヘブライ語の初歩を教えてくれた。若かったから、創世記1章の最初の数節を暗誦できた。それから自分でぼちぼちキブツのウルパン(語学学校)で使う教科書で勉強し始めた。最初にヘブライ語文字に馴染んでいたから出来たことだった。本当にありがたかった。
 それから14年後にイスラエルに語学研修に行く機会が与えられた。わずか半年の勉強だった。エルサレムの町のウルパンで学び、ヘブライ大学の夏の講習ウルパンカイツに参加した。会話の方は、つい英語で用を足してしまう。まあ、日本人の通弊で文法の学びはそれなりに、しかし、しゃべるのは駄目だった。聖書ヘブライ語が目的だったので、帰国後も自分で継続した。
 今は、毎日詩編を一つずつヘブライ語で読むことにしている。

 新約聖書のギリシア語は、大学2年の頃から独習して、何冊かをこなした。辞書を引きつつ、ギリシア語原文で読めるが、ある時から新約聖書のヘブライ語訳を読むようにした。イエスが話したのはヘブライ語であり、福音書のギリシア語原文は翻訳であると考えるからだ。

 最近つくづく思うのは、ヘブライ語の知識がどんなに有り難いか、である。聖書はギリシア語よりもヘブライ語で読むべきである。ヘレニズムよりヘブライズムによる理解が、聖書の真意により近づかせてくれると思っている。

 信仰がリバイバルしてくると、旧約聖書が大事に読まれ出す。そして、ヘブライ語の学習熱が燃えてくる。アメリカのピューリタンは、旧約聖書に帰って、ハーバード大学を創建した直後に、ヘブライ語の学部をつくった。無教会の内村鑑三も、それを奨励した。

 ヘブライ語の学習に役立つ出版こそ、ミルトスの大事な使命である。頑張ってほしい。

ブラジル大統領代行は レバノン移民の2世で 親ユダヤ
 ブラジルは日本人の移民の歴史が長く、日系市民は比較的尊敬されているのはうれしい。それゆえ、ブラジルが栄えていくことを願っている。

 ところで、同国の政治が混迷しているようだ。ジルマ・ルセフ大統領が180日間の職務停止の処分を受けて、副大統領が大統領代行に就いた。 民衆は、歓喜の声をあげているという。
 どういうわけ? 国の経済はマイナス成長率で、インフレ率は高い。潜在力はあるのに、ブラジル経済は低迷中だ。ルセフ大統領は、再選の前に政府会計の粉飾にかかわったとの疑惑で、これから弾劾裁判が待っている。

 イスラエル紙は、こういうときに詳しく報道する。ブラジルとイスラエルの関係、ブラジル・ユダヤ人への影響をすぐ調べて分析する。
 まず、ルセフ大統領は、イスラエルに冷たい。反ユダヤ主義とはいわないが、ハマスとの戦争で「イスラエルは虐殺している」とのコメントを述べたような人物。
 かたや、イスラエル紙は、新しい大統領代行のミシェル・テメル氏には実に好意的な紹介である。
 レバノン移民の2世で、マロン派キリスト教徒。しかし、イスラエルやユダヤ人に理解があり協力的だと評価されている。
 彼は直ちに、主要閣僚などにユダヤ系の友人を指名した。外務大臣と中央銀行のポストである。

 レバノン系ブラジル人は7百万人以上もいて、ほぼ同国の5%をしめる。

 テメル大統領代行は、ルセフ女史が辞めさせられたら、正式に大統領になる。ブラジルはもっと良くなるに違いない。
内村鑑三 命日「昭和5年3月28日」に当たりて
 今日は、内村鑑三が86年前に逝去した命日である。昭和5年3月28日。
 心から私淑する先師に、深甚の感謝と追悼の思いを表します。

「キリストありて聖書あるなり、聖書ありてキリストあるにあらず。
キリストにして実在し給わざらんか、聖書の繙読百万回に達するも我らはかれを現実するにあたわざるべし。
キリストは想像物にあらず、実在者なり。
」(内村鑑三所感集、岩波文庫1973)

 私は、生けるキリストなる実在者と共に歩む人生を希求している。40年以上も続いた活字との生活もやがて熄らん。
 されど、真理の御霊に導かれる生涯は、最後の一息までもかくあれかし。
ベルギー同時テロ事件に思う
 ベルギー同時テロ事件は、大きな衝撃だ。それは、嫌な予感が現実化した、つまりISのテロに翻弄されるヨーロッパの危機の姿である。日本のマスコミ、新聞各紙も大きく扱っていた。
 ただ、違和感を覚えるのは、トルコで起きた自爆テロのは扱いはどうも軽視された感ありだ。
 イスラエルがターゲットにされていることも、それほど報道されない。

 ヨーロッパの混乱は、既視感あり。10年前の、イスラエルで頻発したパレスチナのインティファーダ、自爆テロのこと。
 ネタニヤフ首相は言う、イスラエルで起きているテロを自分ことと思ってほしい、やがて自国でも流行することになると。
 何時言ったのか、いや、シャロン首相が言った言葉かな。

 日本も、絶対に安全な環境におれるわけがない。現実的に自らを守る努力が必須だ。
 



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